未来の自分が人生やりなおし機を使っているのが今の自分だと考えよう

今週のお題「私のタラレバ」

 

あれをしてたら、あんなことしてなかったら。
ああしてれば、ああしてなければ。

経た年月だけはそれなりになってしまった人生を顧みると、タラレバなぞは無数に存在し、あらゆる局面で間違った方ばかり選んでしまったんじゃないかなと思えてならない。

いや、選んで失敗ならばまだ良い。
何が痛いかって、自ら何も選ばずに流されるままにいたら、どうしようもなく不満足な場所に漂着していたといった感。実に痛切。

一例をあげると、自分は新卒という人生で2度と訪れないオポチュニティ期間に就職活動を行わず、かといって夢・やりたいことに向かって全力で突き進むでもなく、思考も行動も停止して、日々をただテキトーにやり過ごしていた。
その後、なんだかんだとあったりはしたが、今現在うだつの上がらない日々を送っていることはどう頑張っても否定できない。

あのとき就活をしていたら。
あのとき夢に向かって真摯に、全力で取り組んでいれば。

もちろんタラレバの結果はわからない。むしろ現在よりも悲惨な境遇に陥っていた可能性だって十分にあり得る。
が、主体的に選択をせず、何年か後にタラだのレバだの言っているのは我ながら哀れのひと言に尽きる。

 

そんなことがいくつもあって、残念な出来栄えになっているのが今のわたくし。
もう取り返しはつかない。今から過去のタラレバを修正することはできない。
人生やりなおし機なんて存在しない。

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いや。
確かに今から人生やりなおし機を使って過去のタラレバを変えることは出来ない。
でも、今の自分は未来の自分が人生やりなおし機を使ってやり直してる最中なんじゃないか。

30代後半の今の自分が、ハタチの時にあれをしてたら、30前にこうしてれば、なんて思っているのと同じように。
このまま何もせず更に人生を経てしまった50歳過ぎの自分が、せめて40前にああしてたらこうしてればと思ってやり直しているのが今の自分なんだと。
そんな風に思ってみると、世界の色はガラリと変わる。

まあ初出は知らないが、こんなことは巷で散々言い尽くされてることであり、今更述べるのも気恥ずかしいところもあるのだが。

きっと結局のところ後悔しないということは無いのだろう。
でも、何もしなかった、何も選ばなかったことを悔やむのはあまりにもみじめすぎると身にしみてわかっている。

それだけは無いように。50過ぎの僕にひみつ道具を出してくれたネコ型ロボットに感謝しつつ、今日も生きることにしよう。

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出典:てんとう虫コミックス「ドラえもん」15巻

 

ちなみに15巻はどくさいスイッチなど珠玉のどうぐ、エピソードがつまった神巻ですぞ。