あの有名な白木屋コピペのような

飲み会嫌い、家での一人飲み最高の自分ではあるが、気の合う仲間ごく少人数での酒席はまあ好きな方だ。ていうか、それまで嫌いだったらちょっとヤバい。

気の合う仲間といえるかどうか微妙だが、その昔、物書きの真似事をしていた頃に知り合った役者さんで、今もってたまに飲みに行く間柄の男が一人いる。年齢は自分より少し下、三十代半ばにさしかかったというところだったか。
自分の定義では、職業名はその仕事だけで暮らしていけている人を指すものなので、バイトしながら活動している彼のことを「役者さん」と称するべきではないのだが、まあ彼自身が何の衒いもなく「〇〇です。役者やってます」と自己紹介している姿を何度か見かけているし、一応事務所にも所属しているので、ここは広義の役者さんということで良しとしておこう。

 

彼は、以前書いたことのある、己を特別視している典型的な夢追い人だった。
会社勤めを始めた自分に、そんな下らない生き方をしていないで、でっかいことやりましょうと何度となく直言してきた。
具体的な仕事の話を持ちかけてきたこともあったが悉くポシャった。

にも関わらず、何度となく誘ったり誘われたりし、自分と彼とは飲みに行っていた。
ときに安い居酒屋で、ときにちょっと小洒落た店で、彼は会うたびに何やら自信満々で大きなことを語った。

やれ、あるテレビ局のお偉いさんに気に入られたとか。
やれ、所属している事務所で絶大な信頼を得ているだとか。
やれ、今度有名な映画に出演することになったとか。
やれ、バイトしているバーにどこぞの社長さんが来て、いざというときは支援してくれることになったとか。
などなど、景気の良い話は枚挙に暇がなかった。

彼の話がすべてホラ、与太話なのかと言えばおそらくそんなことはないだろう。
出てると言っていた映画の公式HPを見ても彼の名前は見当たらないが、彼の所属事務所(一応トップは有名な女優さん)の公式HPには確かに出演情報が載っていた。
作品を観て確認はしていないが、おそらくいちエキストラの出演シーンを見つけるのは困難であろう。
テレビ局のお偉いさんに気に入られてたり、事務所の信頼を得ていたり、社長の支援を取り付けたというのも本当のことなのだろう。彼の主観の中では。

楽しいような不快なような彼の業界話を肴に酒を飲むのは嫌いではなかった。基本的に話が上手で面白い奴だった。
会計は基本ワリカンだが、たまにギャラが入ったとかで奢ってくれることもあり、そんなときは単純にラッキーと喜んでいた。

先日、そんな彼からLINEが来て、やりとりしているうちに久しぶりに飲みに行くことになった。

なんだかんだで半年ぐらい間が空いての再会。それなりに楽しみに待ち合わせ場所に到着した自分に、彼は開口一番こう言った。
「すいません、マジで金ないんで、鳥貴でいいですか?」
腰は低く、少しおもねるような口調と表情に見えた。

まあ鳥貴族で飲むことは全然構わない。響とかあるし。
ただ、これまでの彼とは何か様子が異なる。乾杯もそこそこに近況を聞いてみたところ、役者を引退したという。

正確には、事務所がしっかり売り込んでくれないせいで仕事がなかなか来ず、業を煮やして事務所を辞めることを告げたところ、今後2年だか3年だか芸能活動はしない旨の誓約書を書かされたらしい。
時を同じくしてバーのバイトも辞め、最近ようやく時給1,000円ちょっとの清掃員の仕事が見つかったところで、金銭面で非常に苦しいらしい。

職業に貴賎なしとはいえ、清掃員の仕事に従事することを明らかに良しとしていない彼に、かけるべき程良い言葉を持ち合わせず、ただ適当に相槌を打つ。
そのうち、こちらの近況を話してみたり、昔の面白かった話をしたりしているうちに、お酒の力もあって楽しい空気にはなってきた。

その段で、彼の役者としての矜持も復活してきたのか、かつてのような大きなことを言い始めた。

やれ、事務所辞めてから本当の表現というものが分かった気がするとか。
やれ、辞めてからの方が人脈が広がっているだとか。
やれ、某テレビ局の女性ディレクターに惚れられており、そこが復帰の突破口になるかもしれないとか。

おそらく強がりやフカシの類ではなく、彼の見えている真実を語っているのだろう。彼の中での彼は、決して八方塞がりで落ち目の清掃員ではないようだった。

しかし、彼の言葉は以前と異なり、酒の肴としてはしょっぱすぎた。
そして、自分がこれまでこの男と楽しく飲んでいたのは、彼の語る夢物語を内心で見下し、自分自身より程よくどうしようもない人間がいることに安堵と愉悦を感じていたからだという悪趣味な嗜好であったことに気付かされた。

話の端々にお金が無いアピールを挟み込んでくる彼の分の代金も自分が出した。
奢りは驕り、人に奢られても奢りはしないという哲学を持つ自分としては極めてレアなことである。
「今日は俺が払うわ」と言ったところ、彼は何の躊躇も見せず、待ってましたとばかりにお礼を言った。
かなり飲み食いした割には、会計はものすごく安かった。

帰りの電車に揺られ、何となくもう彼とは飲みに行くことはないかもなと思った。

下と思える場所でもがいている人間のしょっぱさを楽しんでいた自分の悪趣味さを自覚したからか。
あまりにもそのしょっぱさが濃くなりすぎて口に合わなくなったからか。
或いは両方かもしれない。

いつになく飲み過ぎてしまったか、もう少しで家に辿り着くという路上で、吐瀉してしまった。
悪いことをしてしまったなと思った。

 

 

 

 

※少しだけ事実をもとにした創作をしてみました。

 

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